西岡兄妹 「心の悲しみ」





はい、皆大好きな西岡兄妹ですよ。
中にはあの独特の線が嫌だ!こわい!って人もいるかと思いますが、私の周囲のサブカル好きと称せられる輩には、やたらめったらファンが多いですね。
その作品は、漫画というよりも、絵画を纏った小説、もしくは見知らぬ宗教の壁画を眺めているような気分にさせてくれます。
基本的に人物が、漫画でよく使われる「フキダシ」を遣ってしゃべる、ということはなく、常に登場人物の脳内で繰り返される会話を、読者がひたすら読みこんでいく、というような形式をとっています。
これが、またとても憎たらしい演出と言いますか、一般的に一人称の形式を取った作品だと、読者に感情移入させてなんぼな印象がありますが、西岡兄妹の書く作品には、安易に乗っかってはこちらが危ない!と、思わず背筋がざわざわするような魅力があります。
まるで、湯気が上がったヤカンのように、迂闊に触ると怪我を負う、そんな心配すらしてしまう威力があります。
つまり、イメージとして、読者の心にばっちりとケロイドを残すくらいのエネルギー・熱量を持った作品が多いです。

特にその魅力が全面に押し出されているのは、初期作品だと、私は思います。
中でも、私が一番最初に触れた漫画「心の悲しみ」を例にとって、レビューしようかと思います。

いや、レビューといってもあまりにもネタバレするとアレなので、とりあえず表題作「心の悲しみ」に関するあらすじの紹介など。

収録されている作品はすべてがごく短編ですので、勿論これも短編です。
一人の男が、心が悲しい、とある住職の元を訪れます。
ここまでなら、ごくごくありがちな聖職者への懺悔的なパターンですね。
ここで、男は自分の胸の中から、「心の悲しみ」こと、いびつな胎児のような形をしたものを、ずるり、と引きずり出します。

......もう、これでついて来れない人はついて来れなくなると思います。
いや、でもそれもまた好き好きだから、良いのですが。

描写にグロやホラーは無く、その行為は至って簡単に、スルっと行われます。
で、その「心の悲しみ」を住職と男は眺めながら、「なるほど、これは悲しい」と言うんです。
なに、これは?つげ義春?不条理?カフカ?と様々なクエスチョンマークが頭に浮かぶのですが、そこがまた癖になる違和感です。

で、男はその「心の悲しみ」を住職に預けてその場を去り、またしばらくして戻ってきます。

「心の悲しみ」は庭の池に浮かんで、ぼんやり遊んでいる最中で。
男はそれを眺めながら

「人間は、心に悲しみが無くても、幸せになれるものではないと知りました」

......のようなことを言うのですね(うろ覚えでスンマセン)
ですが、この短編は、本当にガツンと棍棒で頭をぶったたかれたような衝撃でした。
この客観的な、他者の視点というか、そういうものが徹底しています。
一個たりとも「人間って、良いな」な描写は出てきません。
むしろ、読めば読むほど誰も信じられなくなるというか、スーパー賢者タイムに陥る感触。
下手なホラーや虐殺漫画を読むよりも、ずっと脳に響くこと間違いなし。

私の勝手な解釈ですが、要所要所に散りばめられた不条理さをイチイチ拾っていくうちに、どんどん漫画の世界に取り込まれていく、そんな作者の意図を感じます。
ちょっとでも疑問をもって、次のコマに目を走らせたら、もうその瞬間から、この薄暗い不安な空気が癖になっていることでしょう。

現在、西岡兄妹は柴田元幸主宰の「モンキービジネス」に漫画の連載、また文学フリマにも定期的に参加しているようです。
最近では、どんどん漫画が理論・理屈に傾倒している感が否めませんので(あとやたら「肛門」「胎児」「性的なもの」の描写が増えた気もしますが、気のせいでしょうか)、あくまで個人的な趣味として、初期作品を推します。
「心の悲しみ」の他には「地獄」や「世界の終りへの旅」辺りでしょうか。

くれぐれも、夜中にひとりで読む、なんてことは御控え下さい。
下手な漫画よりも、よっぽど恐ろしい一冊ですので......。

心の悲しみ


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