【イン・ザ・プール】 奥田英郎








イン・ザ・プール (文春文庫) (文庫)
奥田 英朗 (著)


イン・ザ・プール (文春文庫)



ユーモアがある人は、素直に素敵だと思います。
それはユーモアが、容易には手に入れられない才能のひとつだからでしょう。
いつまでたっても滑り続ける人もいれば、何故か何をしても面白い人がいます。
ユーモアはある種、天性のものです。
そして、場の空気を読むといった能力も必要不可欠です。
日常生活では何をしてもスピードスケートの選手の事故の如く、ものっごい勢いでドーン!と滑り散らかしている私にとって、ユーモアがある人というのは、最早何らかの変なホルモンが分泌されている新人類じゃないか?とさえ感じられます。
植物や動物にユーモアはいりませんが、私達人間にはどうしても笑いが必要です。
私達は、狼やライオンのように、草原でギャオギャオ雄叫びをあげなくなった代わりに、大爆笑をすることで、ストレスを解消しているのでしょう。
笑いと叫びはよく似ている、というのは有名な言葉ですが、今回の話――「イン・ザ・プール」は、本当に心おきなく爆笑出来る稀有な文学作品であると言えます。

この文庫に収録されている作品は
イン・ザ・プール
勃ちっ放し
コンパニオン
フレンズ
いてもたっても
、の5作品です。
舞台が神経科の話ですから、どれもこれもちょっとばかし神経に異常を来した人達の物語なのですが、そんな人達のちょっとした狂気さえも、一カ所に集めてまとめてドカーン!!と爆破!なくらいのインパクトを持った精神科医・伊良部が、この小説の主人公です。

伊良部こと伊良部一郎は、伊良部総合病院の息子です。
色白のデブでマザコン、と聞くと、何だかおぼっちゃま君がそのまま大人になった姿を想像しちゃいますよね......うん、多分それで合ってますから、大丈夫ですよ。
小説の中での医師というと、偉く冷徹か、異常なくらい情熱的かのどちらかが多いと思いますが、笑える医師、というのをここまで描き切ったものは少ないのではないでしょうか。
しかも彼、すごい声が甲高くて、イメージ的には新婚さんいらっしゃーい♪なノリで患者を迎えてくれます。
患者は自分がおかしいんじゃないか?って必死なのに、のっけからそんな態度で応対されたら、魂が口から出ちゃいそうですよね。

黄緑色のポルシェを乗り回し、注射フェチで患者にはとりあえず注射を打つ(まるで落語の「葛根湯医者」ですな)、考えるよりも先にパーっと実践してしまう伊良部医師。
患者も多種多様で、自意識過剰で常に尾行されている感覚に怯えるコンパニオンや、ケータイを10分手から離すと震えが起きてしまう高校生、火の元の確認を何度やっても安心できないルポライターなど、「どこかに実際にいるんじゃね?」と思ってしまう人達ばかり。
もちろん彼らは自分に異常があると自覚があるにせよ無いにせよ、気づくと伊良部医師の巧みなフィールドワーク&カウンセリング(ただの遊びの一環?)により、きれいさっぱり憑きものを落とされてしまうわけです。

その小気味よいテンポと、サクサク読めるリーダビリティの高さはさすが。
直木賞を受賞したのはこの後の作品【空中ブランコ】ですが、前作に当たるこの作品でも、奥田英郎のエンターティメント性の高さは充分見受けられます。
この伊良部医師の書き方がとにかく上手い!巧み!!
昨今の小説では、自分がいかに主人公に感情移入できるか、もしくは恋が出来るか、といった点に目がゆきがちですが、この作品は主人公である伊良部にまったく感情移入できません。
視点が患者視点だから、といった部分もありますが、読者は小説中の患者達と一緒に伊良部を見て驚き、慌てふためき、最後には爆笑して、話を閉じることが出来るわけです。

お笑い番組などを見ていると、芸人の動きや、BGMの如く流れる合成臭い「わははは!」といった観客の声で、ついつい「つられ笑い」をしてしまうことがありますよね。
でも、それは外からの強制的なパワーが働くことによって、引き起こされるものです。
この【イン・ザ・プール】は、そういったサクラ的な要素に頼ること無く、読者の中に巧みに入り込み、ユーモアのツボをくすぐります。
それはつられ笑いやなんとなく流れで愛想笑い、なんてものとは比べ物にならないぐらいの、ストレス発散になる筈です。

最近笑ってないなぁ。
疲れたなぁ。
もしかしたら、自分、ちょっと神経症気味かも......。
そんな風に思っている方、是非この本を手にとって見てください。
疲労した頭にも無理なく浸透する、愉快痛快な短編集。
電車で読む際は、うっかり声に出して笑ってしまわないように気をつけましょう。
一歩間違ったら、自分が神経症患者と勘違いされてしまいますからね。

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