【14歳 いらない子】  ヨヅキ




14歳 いらない子 (単行本)
ヨヅキ (著), 永田 理恵

14歳 いらない子

詩集の書評第一作目に何故、この本を持ってきたのか?と問われると、自分が初めて手にした現代詩人の詩集だったから、と私は答えます。

この作品が出たのは2000年ですから、今からざっと9年前になります。
その頃はちょうどこの作者と同じ「14歳」だった私ですが、偶然書店でこの本に出会ったときは、衝撃が走りましたね。
当時はまだ頽廃的とか、リストカットなんて単語は目新しく、そういう意味でも新鮮で、新し物好きだった自分は素直に飛びついたわけですよ。

でも、そういう面白半分で手を出すには結構ハードルが高い代物でしたね。

内容は父親から虐待を受けた14歳の少女が、家族と一緒に家を出る、というものです。
詩集なのか、ポエムチックな私小説なのか、単なる日記なのか、それも微妙なところです。
構成としては、ごく短い短編としての詩が続き、合間に自分の家族に対する詩(日記?)が挟まれる形になっています。

言葉選びは拙いもので、普段、近代詩を読みなれている方には、ガキンチョが書いたメモにしか見えないかもしれません。
でも、14歳ってのはそんなものなんですね、むしろ、少ない語彙の中で、如何にして自分の思考を文章に乗せられるか、というのが重要になってくるわけです。
その点で考えると、この詩集はとんでもなく切実で、リアルタイムで同級生の日記を覗いているような、臨場感にあふれるものでした。
虐待・自傷・トラウマ......そういった単語が書店やニュースで見かけるただの煽り文ではなく、本当に身近に起こっているんじゃないか?もしかしたら、自分も油断したらそれらの波に取り込まれてしまうのではと心配になってしまう、そんな力を持った本です。
当時、実際に14歳だった自分にも、この本は多大な影響を与えましたね。
恥ずかしながら、自分も詩集を書いてみたり、そんなこともしていたような......。
しかしながら、この本の重みにかなうわけがなく、途中で断念しましたが。

この本は、読んだ後に心が軽くなってハッピーになれるような代物ではありません。
むしろ、現時点でこの上なく気分が明るい人でも、この本を読んだら「ちょっとタンマ」と感じると思います。
しかしながら、本は必ずしも誰かを元気づけたり奮い立たせたりするだけのものではありません。
中には、深い感銘をもたらし、己を顧みる機会を与えてくれる本も存在します。
この本は、明らかに後者の存在です。
傷つきやすい思春期の子供たちにしか伝わらない言葉が、この本には幾つも詰まっています。

で、今現在、すっかりあの頃とは変わって大人になってしまった自分が、改めてこの本に関して無責任に色々述べてみようと思います。

まず、この本の形式は、ほとんど横書きで、改行が多く、親しみやすい話し言葉で形成されています。
それからわかる通り、この詩集の造りは、現代のケータイ小説とほぼ同じ、ということです。
その受け入れやすさから、当時の若者達にも、それなりに好評だったのではないかと思います。
しかしながら、そう客観的に考えてみると、後々に高校生になって出回ったさまざまなケータイ純愛悲劇小説を横目で眺めて「そんなんが文学って言えるかい、ふん」と言っていた自分も、まんまと過去にそのような形態の書籍にハマっていた過去があるわけで......。

特に、ビジュアル系やロリータに受ける文章なのかとも思います。
嶽本野ばらみたいな耽美さは存在しませんが、少女ならではの感性は十分発揮された本ではなでしょうか。

自分はまだ、中学生の頃の感性を失っていない。
というか、今現在中学生。
むしろ中2病かもしれない。

そんな言葉に身に覚えがある方にオススメします。
読後にズドーンと気持ちが滅入ることに関しては、当方は一切責任を負いませんので、自己責任でお読みください。

書評ブログHOME
古本高価買取
(C) 2011 1日1話!古本屋店員が本音で語る書評ブログ